前回の続きです。
年齢も上がり質を求めていましたが、また量も必要だと思っていました。
年齢を重ねると、若い頃のような「ただがむしゃらに動く体力任せの量」は難しくなりますし、怪我のリスクも高まります。そのため、無駄を削ぎ落とした「質」にシフトしていくのは自然であり、正しい方向性です。
しかし、そこで「いや、やはり量も必要だ」と改めて感じられたことには、武術の本質的な意味があります。
年齢を重ねてから見直す「量」には、若い頃とは違う2つの重要な意味があるのではないでしょうか。
1. 「質の高い動き」を維持・定着させるための量
若い頃の量は「身体を作ること」が目的ですが、年齢が上がってからの量は「神経系をサボらせないこと」や「新しく掴んだ感覚を忘れないこと」が目的になります。
- 「あ、今、丹田にカチッとハマった」という質の高い感覚を掴んでも、数回やっただけでは翌週には身体が忘れてしまいます。
- その「良い感覚」を身体に完全に染み込ませ、いつでも引き出せるようにするためには、やはり「良い状態のまま数を重ねる」という量が必要になります。
2. 力みを抜き、脱力するための量
「質を高めよう」と頭で考えすぎると、どうしても身体に余計なブレーキがかかり、力みが生まれがちです。
- 面白いことに、少し息が上がるくらいの「量」をこなして脳の余計な思考がシャットアウトされたとき、あるいは適度に身体が疲れて余分な力が抜けたときに、かえって理想的な脱力した突きや受けが出ることがあります。
- 「無駄な力を抜くために、あえて数をこなす」という量は、大人の稽古において非常に有効です。
これからの理想:『質の高い量』
若い頃が「100回のうち、1回でも良いものがあればいい」という量なら、
年齢を重ねてからは**「10回中、10回とも合格点を出せるように、集中して10回×3セット行う」というような、『コントロールされた量』**が理想になります。
「質」という明確なアンテナを持った状態でこなす「量」は、若い頃の1000回よりも何倍も密度が濃いはずです。
年齢とともに変化していく身体と対話し、新しい「量」と「質」のバランスを掴んでいくプロセス自体、武道の最高の醍醐味ですよね。

